まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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どうしてパイロットになりたいか。

 1984年は、平穏な日々が続いた。
 最近入学してくる新入生に、「どうしてパイロットになりたいのか」「なぜ空を飛びたいのか」という質問をするようになった。答えは次のようなものである。

生徒1「車で道路の上をドライブすることに飽き飽きした。道路のないところを一直線に飛びたい」
生徒2「ポリスのいないところでスピードを思いっきり出したい」
生徒3「空中に浮き上がったときの自由な感じが好き」
生徒4「エアラインのパイロットになって、美しいスチュワーデスとデートしたい」
生徒5「農民として作物の成長の様子を上から見てみたい」
生徒6「熊のヨギベア(子どもに人気のあったキャラクター)の子が人里に出て行くと、人間の子どもたちが楽しそうに野球をしていた。ボールが転がってきたのでそれを拾って家にもって帰った。母親のヨギベアがどうしてそんなものを拾ってきたの?と聞くと、小熊は答える。だってみんなやってるから面白そうだと思って」

 最後の生徒は英国人で、要するに「面白そうだから」と言いたいのだろう。ジョークの好きな英国人のいかにも言いそうなことだった。
▼訓練開始
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 この年は、フライトテストまでこぎつけた生徒が6人。
 4年前には、訓練を終えた生徒を4人ためておいて、エドモントンのビーラ女史を呼んで、ブルックス空港でテストをしたことが2回あった。カナダ航空のチケットを前もって彼女に送り、カルガリーに着く彼女を私が練習機で迎えに行き、彼女にはブルックスのホテルに1泊してもらう、という段取りであった。
 なぜこんな面倒なことをするかというと、訓練した教官はテストをすることができない、という規則があるからだ。

 最近では、78マイル南のレスブリッジ空港へ、生徒の準備が出来次第飛んでいって、あまり慣れていない地域でテストをすることにした。人口の多い町の空港の学校で、教官が二人以上いるところでは、テストをする特権をもつ者が一人はいるものだ。
 そうかと思うと、アルバータの州都エドモントンの運輸省事務所から、訓練課に属する試験官がやってきて、自らテストをすることもある。ただエドモントンに住んでいる人は、この南アルバータの草原をあまりよくご存じない。

 あるとき、試験官と生徒がテストの最中だった。試験官が生徒に、
「今どこにいるか、わかっているかね? あの町はなんという町か?」とたずねる。
「あれはカウンテスという町です」
 すると試験官は生徒の自信をぐらつかせるように、「本当か?」と再び質問する。
 この生徒は地元の農家の人間なので、土地勘がある。
「本当ですとも。ほら、あの大きなエゾ松の下には黒い犬がつながれていますよ。なんならもっと低く飛びましょうか」
 笑い話のようなテストであった。
 フライトテストが無事に終わると、生徒のどの顔もうれしさと誇りで輝いている。
「ああ、やっと、僕はパイロットになれたんだ!」
 私はライセンスを手渡しながら、
「これがあなたの自殺許可証になりませんように」とよく言ったものだ。
▼チェロキーが人気のあった頃(卒業生はよく購入していた)
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 1985年になると、カナダ西部の経済状態が悪化した。
 オイルショックである。オタワ政府が重油税を課してきた。それに加えて、保険会社の大手、ロイドが危機に陥った。原因はこのところあいついで起きた大型旅客機の事故であった。
 
 これまで2機の飛行機にかけてきた保険料は年間4500ドル。それがこの年から一気に8000ドルに値上げされた。さらにこれに追い討ちをかけるように、この年を境に生徒の数が減りだした。これではとても2機の飛行機を維持できない。
 どうしたものだろう、と悩んでいるうちに、ある卒業生がCF―WUOを買いたい、と言ってきた。これはちょうどいいタイミングと、彼女に1万1500ドルで売った。
 
 それではもうひとつのCF―WUPを私自身が手に入れることにしよう。4人の持ち主に問い合わせると、同じく1万1500ドルだという。
 そこですべてはスムースに進行して、1985年の4月からは、1機のチェロキーだけで学校を運営することになった。
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by eridonna | 2009-11-17 00:04 | 第10章 私の飛行機学校