まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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カモの親になる

 ▼婦人航空協会の人々
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 この春は日本から二人の生徒が訓練を受けに来たし、秋には大阪からパイロットの友人が遊びに来て、にぎやかであった。
 だが飛行機が1機になると、さすがに少しひまができるようになり、私は飛行場のまわりをよく歩いて散歩した。
 
 5月になると、滑走路の横の草原に、大きな白い草きのこが生えていた。これは食べられるので、バターで炒めてよく食卓の上に登場した。

 ある日の午後、のんびり昼寝をしていると、何者かが小さな音を立てて、階段を登ってくる気配がする。チャーリーを見ると、夢の中らしい。音のするほうを見ていると、おやおや、卵からかえったばかりのカモの子が一匹、教室に入ってきた。
 かわいそうに、親とはぐれてしまったらしい。
 5月は2ダースもの卵がかえる時期で、あちこちで両親の間に20匹もの子ガモが一列に並んで、近くの湖に行進していく。それを上空から鷹が狙って子ガモをさらっていくので、人々は子ガモの「死の行進」とも呼んでいた。
 
 私はそおっと立ち上がると、ダンボール箱を逆さにしてカモの子を捕まえた。さあ大変!
チャーリーは今や何ごとだろうと鼻をヒクヒクさせながら起き上がった。チャーリーと箱の中のカモの子を別々にしなければ……。
 そこで電話室にカモの子を入れて、2週間育てることにしたのである。
 何を食べさせたらよいか考えたが、ブルックスの近くにキジの養生所があったので、そこに行ってキジの子用のえさを少し分けてもらった。
 
 カモの子はすごい食欲で、みるみるうちに大きくなり、太ってきた。
大きな洗面器に水を入れてやると、本能的に泳ぎだす。2週間経つと3倍の大きさになり、箱から出してやっても逃げないで、私を親だと思ってついてくるようになった。
 さて、困った。アルバータ州の法律では、無断で野生の動物を飼いならしてはいけないことになっている。
 そこである日、思い切って近くの湖に連れて行った。子ガモはバシャバシャと水を得た魚のように、本当にうれしそうに泳ぎまわっている。そのすきに、私はこっそり車に戻った。
「私のことは忘れてね。私もあなたのことはもう知らないことにしますから」

▼カモの子を池に
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 ところがそれから2、3日して、今度は滑走路の脇で、24個もの大きな卵を見つけてしまった。
 何かに脅かされて、親が逃げてしまった様子だった。仕方がないので卵を全部教室に持ち込んだ。
 電気コタツで温めていたら、たった半日で23個の卵がかえった。1個だけは次の日に穴があいたが、自力で外に出る力がなさそうなので、私が手伝って出してやった。
 
 けれどもいくらなんでも24羽のカナダガンの親にはなれそうになかった。そこでキジの養生所にもっていって、育ててもらうことにする。
 あまりに人間になじむと、秋になって狩のシーズンになったとき、人間を恐れずに皆殺しになってしまうのではないかと心配だった。

 まだこの他にも、空港の敷地の中には、ジャックラビット、ゴーファ、スカンク、バッジャー、オコジョ、キジ、コヨーテ、赤ギツネ、大白ふくろう、鷹、ハヤブサなどなど、たくさんの動物が住んでいた。
 ときたま滑走路を、シカの群れが悠々と横切っていくこともあった。
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by eridonna | 2009-11-15 00:25 | 第10章 私の飛行機学校