まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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ジュリエット…

 この学校の生徒は、ほとんどが仕事をもっている人々だった。
 そこで、毎週木曜日だったと思うが、夕方の8時から9時半まで、フランス空軍本部で行われる「地上学校(つまり学科)」にみんなで通っていた。ほかの飛行機学校からやってくる生徒も加わっていつも30人から40人が集まり、空軍の将校から「航空力学」「航空機について」「航法(ナビゲーション)」それに「気象学」の4課目の講義を受けていた。空軍が民間人の教育を受け持つのはフランスだけだろうと思う。
 私にとって、この地上学校はとても和やかで楽しいひとときだった。

 こうして私もだんだん、単独飛行へと近付いていった。ある秋の日、飛行場に着くと、主任教官ビドゥーユが、「すまないけれど、今日はあなたがいつも乗っている飛行機には乗れないんだ」と言う。
 機種はどれも同じパイパーでも、飛行機にはそれぞれ癖があるものだ。そこで初単独飛行が近付くと、もっぱら同じ機種だけを使って訓練する習慣があった。
 よくよく事情を聞いてみると、さっき、若いM君が初単独飛行に挑戦していよいよ着陸、というとき、最後の機首の引き起こしのタイミングが遅すぎて、機体が大きくバウンスして跳ね上がり、10メートルも上ってしまったと言う。
 放心した彼は、そのまま機を地上に落として大破させてしまったのだ。幸いケガはなかったようだが、M君の自信は相当に傷ついてしまっただろうと察せられた。
 その日の私はいつもと違うパイパーに乗換え、教官と一緒に乗る「同乗飛行」で訓練を重ねた。

 私が訓練を終えてクラブハウスに戻ってくると、そこにはしおれているM君がいた。あまりにも落ち込んでいるので、一緒にパリに帰ることにする。
 M君が「ちょっと僕の家に寄っていかないか」と言うので、シャンゼリゼの近くに車をパークして、彼のあとに続いた。
 彼の家というのは、驚いたことにその華やかなシャンゼリゼ街に面していて、昔はさぞ立派だっただろうと思われる城の、ごく一部が残ったらしいお屋敷跡だった。石の壁の真ん中にある扉から広間に入ると、そこには美しく威厳のある女性たちの肖像画がずらっと並んでいる。
 思わず息をのんで「この女性たちはどなたですか?」と尋ねた。

「これが僕の母、これが祖母、そしてあれが曾祖母……」と、彼の説明は十代もさかのぼる。それにしても全部女性というのは、どういうわけなのか。
「お父様の絵はないのですか」と聞くと、M君は言いにくそうに、
「僕の家は貴族で、僕が生まれるまで、十代の間、男の子がまったく生まれなかったのです」と答える。
 そうなのだ。フランスでは結婚すると女性の側の家名が消えてしまうのだ。そこで名家では、家名存続のために、結婚しないで子どもだけを得るという方法がとられる。M君の話にもその名家のせつない努力がうかがわれた。

 彼はフランソワ一世の時代からあるという古い楽器をもってきて、奏でてくれた。それは今でいうギターなどの弦楽器の初期の形といえるような楽器で、なんとも寂しい音色がした。今日、初単独飛行に失敗した彼の心境そのものをあらわしているようなもの悲しい響きに、私の胸はM君への同情で一杯になる。

 その年も、雨がよく降る季節に入ってしまった。こうなると、もう空を飛ぶことができない。
 地上学校へ行くたびに、飛行場が閉まっていると聞かされ、仕方なく家にこもる週末が増えてきた。
 ある晩、だいぶ前に、エコール・ベルリッツの通訳の仕事をしたときにお目にかかったフランス公認会計士会の会長から、電話がかかってきた。
「ぜひ、晩の食事を一緒にしたい」と言う。

 このところ数カ月間、週末はホテルの自室にいないので、ずっと私がつかまらなかったらしい。ほかにも何度も電話してきた友達がいるのかもしれないと思って、申しわけなかったと思う。でも、この会長は70歳くらいの白髪の紳士で、いったい何の目的の食事なのだろうと、内心不思議に思って出かけていった。

 約束の場所へ行くと、先に来て待っておられた会長はニコニコ笑いながら
「またいったいどんなわけがあるのだろうと、驚かれたでしょう」と言う。そして
「実は私が若い頃に、ある人ととても馴染みでよくデートしたんです。その人にあなたはそっくりなんですよ」と言うのだ。
 さらに彼は続けて、
「パリに来て、誰かに似ていると言われませんでしたか」
 そこで私は急にあることを思い出した。
「あっ、そう言えば、地下鉄の改札口で並んでいたら、後ろから『ジュリエット!』と呼ぶ人がいました。女は私一人だったので振り返ると『パルドン(すみません)』と言って、その人は黙ってしまったんです。あるときは町の中で『ジュリエット、今夜は何を歌うのですか』と聞いてくる人もいました」
 彼はすかさず、
「ほら、ごらんなさい。あなたはジュリエット・グレコというシャンソン歌手によく似ているんですよ。特に後ろ姿はそっくりなんです」

 グレコ女史は日本にも来たことがある歌手で、ジプシーとの混血で、長い黒髪、低音の独特の声の持ち主だった。
 会長はボルガと言う大きなロシア料理の店に案内してくれて、大変ご馳走してくださった。バイオリン弾きが私たちのテーブルにやってきて、何かリクエスト曲があるかと聞く。会長が「どうぞ何でも」とおっしゃるので、私はつい自分がグレコ女史になったつもりで、
「それではツィゴイネルワイゼンはできますか?」と聞くと
「やってみましょう」と言って弾いてくれた。
 会長さんがあとで50フランもお礼を差し出したので、私はずいぶんむずかしい曲を注文してしまったんだと思って、すこし後悔したのだった。     


 その年のクリスマスの休暇は、勤めている会社の電話交換手、ニコルと一緒に過ごした。ダンスパーティに行って、朝の4時までダンス、ダンス、ダンス。足が痛くてもうこれまで、というところで、熱いオニオンスープをいただいてホテルに帰った。

 そのニコルが「チヨコはボーイフレンドがいない」と会社の職員にもらすので、まわりの男性たちが3人やってきて、
「いったいチヨコはどういう人を探しているの?」と私に聞く。

 私はタイプをしている手をちょっと止めて、男性たちを見上げながら、
「みなさんはもうちゃんと結婚していらっしゃるでしょう」と言うと、
「そんなことは問題ではありません」
 一人が言えば、みんなしてそうだそうだ、とうなずく。

「チヨコは金持ちの男性がいいんでしょう?」
「いいえ、いいえ、お金で買われるなんて、情けないことです」
「わかった、頭のよい学歴の高い人がいいんだ」
「いいえ、私自身が専門学校中退ですから、そんな博士みたいな人のいうことなんて、理解できません」
 するといちばん若い男性が、
「わかった、チヨコはハンサムな男が好きなんですね」
 私は困ってしまって、下を向いた。すると3人して
「それではいったいどういう男性を探しているの、チヨコは?」と迫る。

「あ、ひとつだけ、求めるものがあるけど」
「何、それは、何なのか、言ってください」
と、3人とも興味津々で私の顔を見る。

「それはね……言ってもいいのかしら」
「どうぞどうぞ、言ってください」
「それはSで始まる言葉で……」
「Sではじまる言葉?」
「はい、それはSincerity(誠実)な人」
と言って見上げると、3人とも
「はあ……?」

「それは私たちの専門ではないですね。マドモアゼル、あなたはパリに来て、いろいろな人間の集まる都会にいるのでしょう。今日はフランス料理、明日はイタリア料理、その次は中華料理というように、違う雰囲気とエキゾチックな味を満足して味わえばいいじゃないですか」
 ついに私はこらえきれなくなって、
「どんなにまずい料理でも、中身が何かわかるほうがいいんです。つまり、貧乏でもハンサムでなくても教育の足りない人でも、誠実な人なら愛せます!」
 私があまりにはっきり言ったので、3人ともびっくりする。
「ああ、それではマドモアゼル、あなたは間違った場所に来てしまったんだ」
と言って、自分たちの席に戻っていってしまった。
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by eridonna | 2009-12-25 22:41 | 第2章 初単独への道