まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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いつかATRライセンスを

 
 このころ、飛行場で元自衛隊のパイロットの岡本さん一家と知り合いになった。
 ちょうど私は自家用パイロットの次のレベル、コマーシャル・ライセンス(事業用免許)を取ろうとしているところだった。
 事業用免許があれば、ライセンスを片手に仕事ができるのである。
 だがそのためには、まず資格として「200時間以上空を飛んだ」、という飛行記録が必要だった。資格を手に入れるためには、とにかく飛行時間を延ばすしかないのだ。
 私はあるだけの全財産をクロスカントリー飛行に費やしていた。

 岡本さんは日本ですでに3000時間も飛んでいるという先輩である。ときたま飛行場に来られて、一緒に数回飛んだことがあったが、とてもよいコーチだった。
 彼はカナダでATR(定期航空操縦士免許。パイロットの免許のうち、最高クラスのもの)を取り、しばらく北極圏のアイスパトロール飛行をしていたが、数年後に日本に帰国して日本航空の沖縄線に乗られたと聞いた。

 このとき、彼からいろいろとアドバイスをもらった私は、1年後にはトロント国際空港で、彼と同じ学校に入学することになった。
 コマーシャル・ライセンスの後に、さらにむずかしい「IFR(計器証明)」、そして究極のライセンス「ATR」を取るためである。

 10月31日、CF―VRQという登録番号のセスナ150(上翼、単発エンジン、100馬力、2座席、スピードは時速110マイル)を借りて、一人でトロントからニューヨークのロチェスターへ飛ぶフライトプランを立てた。
 長距離を飛ぶときには、その飛行計画をFSS(フライト・サービス・ステーション)の事務所に提出する。トロントからロチェスターまではおよそ 150マイル、約250キロの距離だった。予定では約2時間のフライト予定であった。
 
 飛行機で飛ぶ場合、目的地までかかる時間の目安をあらかじめ割り出しておくのは、とても重要である。なぜなら、それによって積んでいく燃料の量が違ってくるからである。
 距離が何キロだから何リットル必要、と単純な計算はできない。飛行機が動いている間、つまり飛んでいる時間によって、燃料の必要な量が決まってくるからだ。
 目的地までいったい何時間かかるのか。
 車と違って渋滞の心配はないが、さまざまな気象条件によって、これが時には大きく変わってしまう。
 
 特に大切なのは風の影響で、進む方向に対して、そのときどちらの方向から風が吹くかによって、速度はかなり違ってくる。
 追い風なら早く進むし、向かい風なら遅くなる、では横風だったらどうなるか。
 そこで出発前にあらかじめ風向きを計算し、飛行時間を予測して必要なガソリンにプラス、安全のために45分間分を余計に積むのである。
 さらに飛行中にも風を読み、風の影響の計算をしながら飛ぶ。
 残りの45分間の燃料を使わずに最後まで安全に飛べるかどうか、知っておかなければならないからだ。
 
 それならあらかじめたくさん積めばいいかというと、これがそうとも言えないのである。たくさん積めばそれだけ機が重くなるので、スピードが遅くなってしまうからだ。

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 ▲ナイアガラフォール
 
 私にとってははじめてのクロスボーダー(国境を越える)長距離フライトだった。
 飛行機の準備以外に必要なのは、日本のパスポート、昼食のサンドイッチ、そして水筒を用意して空港を飛び立つ。

 単発のエンジンでは海や大きな湖の真ん中を越えて飛んではならない、という規則があるため、オンタリオ湖の海岸線づたいに対岸のアメリカを目指す。
 陸から離れて海の上を飛ぶには、安全上二つ以上のエンジンが要求される。万が一、片一方のエンジンがダメになっても、もう片方が生きていれば何とかなるからだ。
 
 ナイアガラの滝の雄大さを眺めながら、私はサンドイッチをほおばった。
飛行は順調で、西風に乗って予定より10分早くロチェスター管制区に入った。私はマイクロフォンを握り、合間を見て呼びかける。

「ロチェスタータワー、こちらはCF―VRQセスナ150、10マイル西、着陸許可を求む」

するとコントロールタワーのあわてた声が、
「ランディング ライトをつけて、南西のランウエイ(滑走路)にアプローチ(接近)せよ」

今度は近くにいる大型旅客機のキャプテンの声。
「セスナが見えない。どこにいるんだ?」
 
 私は急に心臓がドキドキと鳴り出し、この飛行場は普段は小型機が入ってこないところだと悟った。
 私の機は小さくて動きが遅いので、公安妨害になったのだった。

 指示どおりに着陸したあと、滑走路を出てタクシー路に入り、空港ターミナルビルまでタクシーする許可を求めた。管制塔からの返事がこれまたとても長い。

「左へ折れてBタクシーに入り、右へ折れてDタクシー路、突き当たって左へ折れ、まっすぐ……ゲート11号へ行け」

 とても全部は覚えられないどころか、半分も忘れてしまい、私はかろうじて、
「この飛行場は初めてで不案内なので、誘導してください」と、頼む。

 そうこうしているうちに正面から大型機のDC8がやってきて、私の小さなセスナと鼻を突き合わせる格好になった。
 するとコントローラーのヒステリックな声。
「カナディアンVRQ、今出てきたところへ戻れ!」

 どうにかこうにかやっとゲート11号にたどりついてエンジンを止めた。正面のドアを押してターミナルビルの中に入る。

 移民官や税関の事務室などがずらりと並んでいる。まず税関に顔を出した。係官は私のパスポートを見ながら、
「何か申告するものはありますか。あるいは何か持ってきましたか」と聞く。

「何もありません」と私。係官はちょっと驚いたように、
「何も持ってこない?」
「ああ、えーと、サンドイッチを持参しましたが、食べてしまいました」
「誰かこの町に知り合いでもいるのですか」
「いいえ、いません」

「ではなぜここに来たのだね。目的は?」
「飛行訓練です」
「ああ、そうか。飛行機はどこに置いたのかね?」
「ゲート11号です」
「では、その飛行機を見に行きましょう」
 と、言いながらドアを押して外に出た。

 小さな二人乗りのセスナ150を見ると、驚いた係官は私の顔をあきれたように見て、
「これでどうやって日本から来たのか」と質問する。
 私は笑いたいのをこらえて、
「フライトプランをカナダのトロントで提出してありますから、ロチェスターのFSSにも通知が来ているはずです」と答えた。
「ああ、日本からではなくオンタリオ湖の北海岸のトロントから、というわけですか。では今度来るときは、もうちょっと大きくて早い飛行機で来てください」

 このフライトでは、私の無謀なプランが他人の迷惑になったことをとても後悔した。世の中には書類や本などにかかれていない事実やルールがいろいろあるのだった。
 次に遠くへ飛ぶときには、もっとよく研究するなり、ほかのパイロットに意見を聞くなり、ちゃんと準備をするべきなのだ。
 体験してみてはじめて思い知る。それが私だった。
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by eridonna | 2009-12-18 13:00 | 第4章 トロントの新生活