まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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ブランプトン フライング クラブ その2

 さて、ブランプトンに帰ってみると、教官としての私の仕事は、また以前にもまして繁盛してきた。うれしいことに女性の生徒も増えてきて、にぎやかだった。

 その日は、小学校の先生であるD氏と一緒に2時間半のクロスカントリー飛行に出ることになった。全部で135マイルのコースで、他の飛行場に2カ所着陸する、というナビゲーション(航法)である。D氏は、
「私はこのあたりの地理に詳しいから、あなたに教わることはない」とおっしゃる。
「わかりました。何も言いませんから」と私は言って、一緒に飛び上がった。
 確かに彼はよくご存知で、きちんと第一コースを飛び、最初の空港コリングウッドに着陸。着陸してすぐ離陸するタッチアンドゴー、そしてまた飛び上がって第2コースに乗ると、次の目的地キッチュナーへと向かった。
 これもコースにピタリと正確で、コントロールタワーとの交信も満点。
 確かに何も言うことはなかった。キッチュナーを出て第3コースの帰途に着く。これも上出来である。二人とも空の上で黙ったまま、そろそろ2時間になる。

 前方の地平線にプランプトンのハンガーの赤い屋根が見えた。3500フィートの高度で飛んでいる。10マイル手前のジョージタウン上空でタイムチェック、すべて順調。
 ところが気がつくと、どうしたわけか、D氏の頭が不動でどこか1点を見つめたまま高度も下げず、無線ラジオとも話さずにいる。
 そのうちプランプトン空港の真上を通過してしまった。ハンガーやクラブハウスが機首の下に見えなくなった。私は、
「今どこにいるかご存知ですか」と、はじめて口を開いた。
「いや、あなたはご存知か」
と言うので、私はついいたずら心が芽生えて、
「いいえ、見当もつきません」
と答えてしまった。
 すると突然D氏は急旋回して、さっき通ったジョージタウンを目指して戻っていく。
「5分前にはここの上空にいたんだが」
と言いながら、機首を北東のブランプトンの方向に向けると、赤い屋根を見つけた。
「ああ、あそこがブランプトンだ」
とホッとした様子だったが、すぐわれに返って、
「あなたはずっとご存知だったんですね。笑ってください」
「さっき、私たちはブランプトンの真上を飛んだんです。でも最初に何も言わないと約束したでしょう」
と言いながら、私はとうとう我慢できずに吹き出してしまった。
自信がありすぎると、思わぬところで落とし穴にはまる、というお手本だった。

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 ▲日本からきた菅原君の初単独

 ブランプトン空港の特徴といえば、毎年3月も末近くなると、日が長くなるので冬の間凍りついた土がいっせいに溶け出す。
 午後には気温が10度C以上になるので、滑走路といっても、草がただチョボチョボと生えているだけの草原は、泥沼となる。
 そうなってしまったら、飛び上がるのも降りるのも至難の業だ。アスファルトの立派な滑走路が出来たのは、この年1974年の夏だった。

 3月も下旬のある朝、マネージャーのウオレス氏が、出勤した私の顔を見るなり、
「チイコ、(私のニックネーム)大変だ。今日はみんなして、5機のセスナをほかの飛行場に移動しなければならない。この高温では、2時間ともたないぞ」
と言って、教室内を見回した。
 私ともう一人の教官のマイク、それに生徒が数人。
 ウオレス氏の指示で、トロント市内に住んでいた私が、家に近いほうのキングシティ飛行場へ3機を、マイクは反対方向のトロント西部にあるグエルフ飛行場へ2機を、それぞれ移動することに決まった。

 さて、それでは生徒の中からもうすでに単独飛行を経験したものを探さなければならない。若い生徒が二人、私のあとについて来たので、
「東へ95度の方向に機首を向けること、南風なので、おそらくランウエイ16に降りることになると思う。たった18マイル(24キロ)の距離だし11分で着くのだから、あまり接近しないようにして私のあとについてくること」
などと説明して、自分の機に乗り込んだ。

 もうすでに地面は霜が溶け出して、やわらかくなりはじめていた。
 もたもたしているひまはない。5機のセスナ150は、出来る限り大急ぎで、ブランプトン空港から離陸した。
 私は東側3マイルのところで旋回しながら、あとの2機がついてくるのを待った。
 2番機がラジオで「私のあとについた」と報告する。3番機は上昇しながら「前方の2機を確認した」と言ってきた。

 3機とも800フィートの高度で100マイルのスピード、一列につながって10分ほど飛んだ。直接進入して、無事キングシティ空港に着陸。
 私は南端にパークして、あとの2機を見た。2番機も3番機も同じように問題なく着陸して、3機が並ぶ。やれやれ、何とか終わった。

 マネージャーか誰かが車で私たちを迎えに来てくれるのを待っていると、3番機の生徒が顔を真っ赤にして興奮して言った。
「初単独って、こういうものだったんですね!」
 私はギクッとして、彼の顔をまじまじと見た。
「あなた、まさか…、まだ初単独していなかったの!?」
「ええ、この次が初単独だって、教官が言ってました」

 生徒の多い学校だったことや、急いでいたことが重なって、こんな間違いが生じてしまったのだった。
 私は驚きとショックで一瞬、背筋が寒くなった。
 本当に、何ごともなく無事にフライトを終えられてよかったものの、そうでなかったら、どんな複雑な責任問題を引き起こしていたか、わからない。
 1週間後には、ブランプトン空港の滑走路も乾いてまた元どおりの草原になり、私たちの毎日も平穏を取り戻した。
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by eridonna | 2009-12-11 17:30 | 第6章 教官のライセンス