まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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山の中の軽飛行機

 キャッスルガー空港の特徴は、こんな狭いすり鉢型の盆地に、カナダ航空のDC9(30人乗り)が一日に2本もやってくるということだった。
 私たちのように小型機で訓練をするものは、その到着時間をわきまえて、なるべく避けるようにしていた。
 というのは、この狭い飛行場近辺に大型機が1機入ると、ほかの飛行機の入るスペースがもうないのである。

 運悪くかち合ってしまっときには、私たち小型機は8000フィートの高さで上空にやってきて、DC9が着陸したのを確かめてから、らせんを描くように降下して着陸態勢に入る。
 このときはもちろんラジオが必要で、大型機と同じ周波数に合わせてその到着を確認するのである。
 困るのは、ときたま20マイル北東の町、ネルソンから谷間に沿って3500フィートの低空でキャッスルガーに飛んでくるキャプテンもいることだった。セスナに乗っている生徒に「5500フィート以上を保っていてくれ」と話し掛けるキャプテンの声がラジオから聞こえたものだ。

 ある午後のこと、3機のセスナが全部出動してそれぞれ訓練に出た。
 1機は南へ、2番機は東へ、そして3番機は北へ、それぞれが狭い空でかち合わないように別々の方角に飛ぶ。
 私は北に出て、1時間の訓練を終えて予定よりも少し送れて空港に戻った。
 今日の課目はスローフライト、最低限のスピードで飛ぶ訓練だった。フラップを20度出して60マイル以下のスピードでゆっくり景色を見物しながら、低空でアプローチするのである。
 あと2分の一マイルで滑走路入り口、というときに、DC9が一機頭上を飛んだ。ひやっとしたけれども、幸いなことに乱気流(タービランス)はなく、無地に着陸。
 
 詰め所に戻ってコーヒーを飲んでいると、チーフインストラクターのN氏がやってきた。
「心配することはないよ。エアラインのキャプテンも、こんな小さな飛行機で生活を立てている我々の気持ちにもなってもらいたいものだ」
「心配することはないって、いったい何のことですか?」

 私はきょとんとして質問した。さっぱりわからなかった。
「君は聞かなかったのか。キャプテンが着陸やり直しで、さんざん文句を言っていたのを」
「いいえ、何にも聞こえませんでしたよ」
 私たちはすぐに立ち上がって、私が載っていたセスナの点検に行った。
 案の定、ラジオが故障していたのだ。知らぬが仏、の出来事だった。

 山岳地帯の軽飛行機の航法(マウンテン・ナビゲーション)は、平らなオンタリオ州とはまったく違っていて、とてもむずかしいものだった。
 雲の中に入ったり山の近くを飛んだりすると、山にぶつかる恐れがあるため、いつも「有視界飛行」(VFR)をしないと危険だった。
 つまりそれは、命が惜しければ、「気象条件のいい日に飛ぶ」、ということなのだ。

 キャッスルガーの谷から西に向かい、次のオカナガン湖周辺の谷へ出るまでには、7500フィートの山を3つ、越えなければならない。
 一直線なら距離は90マイルのコースだから、時速100マイルで飛べば54分で着く。だが、キャッスルガー空港からまず9000フィートの上空に達するまでの時間を加えると1時間と10分になる。
 しかし9000フィートの高さで長く飛ぶと、高山病と同じで空気が希薄なために、疲れてしまう生徒がいる。(軽飛行機では1万フィートを30分以上飛んではならないという規定がある)。
 
 そこで少し南にまわって、山の低いところを選んで6500フィートで飛ぶと、コースは140マイル、所要時間は1時間半になる。
 また谷に沿って飛ぶ場合は必ず右側通行で、反対側から来るトラフィックとぶつからないようにするというルールもあった。
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 ある朝よく晴れて、西風のないとてもいい天気の日だった。
 私と同乗の生徒、さらに単独飛行の生徒の2機がオカナガン湖ほとりのペンティクトン空港まで飛ぶことになった。
 南回りのコース、トレイル市の上空で右に折れて、アメリカとの国境に沿って西に向かう。グランドフォーク、オソヨ市を見て右に曲がり、オリバーの上空にさしかかる。ここからペンティクトンまでは、機首をずっと北に向けて谷の中を進むのだった。

 いつか経験したような恐ろしいマウンテンウエーヴは、山に直角に当たる西風が引き起こすものだが、今日はその西風の心配もなかった。

 ところが、生徒と二人外の景色を見ながら飛んでいると、
「なんだかちょっと変です」と彼が言った。
「まあ、ほんとだ、景色が反対側に動いているわ」
 私はすぐにマイクロフォンをつかむと、「ペンティクトンタワー」を呼んだ。
「地上の風はどのくらいですか」
「地上の風は北から75ノット。7000フィートの高度では、100ノットと予想されます」と答えてきた。

 どうりで、強い風に吹き流されて、2機とも後方に引っ張られているのだ。後ろの生徒は黙って何とか私たちについてきている。そこで高度を4000フィートに下げ、山のほうに近寄って飛んだ。少しずつだがのろのろと前進する。
 ようやくペンティクトン空港の滑走路の入り口にたどり着き、エンジンを入れたまま、ヘリコプター式にタッチダウン。2機とも滑走路の南端でエンジンをかけたまま、ブレーキも踏んで、風の鎮まるのを待った。

 20分ほどたつと、風が35ノットに落ちた。よし、これなら飛べる!
コントロールタワーは「その場所から離陸してよい」という許可をくれた。面白いことにエンジン全開、機首を上げただけでふわっと離陸してしまった。
 帰りは風に乗ってあっという間にオリバー上空に達し、あわてて左に曲がり、来たときと逆方向に今度は東へ向かって、無事帰還した。

 オカナガンの谷は、ペンティクトンとオリバーの間に南北に走っている。その同じ方向に風が吹くと、谷の中央は一時的に風が強くなるのである。ちょうど水道管の中を通る水と同じ原理で、パイプの中央がもっとも速く水が流れる、というわけなのだった。
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by eridonna | 2009-12-05 17:30 | 第7章 BC州のカレッジ