まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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青い鳥の真実 1977

 ある夕方、アレキサンダー牧師を囲んで賛美歌を歌っているときだった。
 彼が私の方を向いて、
「神の御子キリストが、我々の罪をつぐなうために十字架上で死んでくださったので、あなたももう重荷を背負わなくてもよいのです」
と言った。

 他の人に、どう説明してよいか、わからない。
 このひとことを聞いたとき、私の中ですべてが一瞬にして、真っ白になったのだ。

 自分のもっていた価値観が、そこで全部ひっくり返った、といってもいい。

 これまで自分で何もかもすべてやらないと気がすまなかった、私の性格。そして、その強い自分が、何もかも仕切ってやってきたと思ってきたこと…。
 だが、自分がすべてをコントロールしてきたというのは、実は錯覚だったのではないか。

 1年前に、マニングパークで右折できなかったために南に飛んで命が助かった、小さな声で何度も指示をもらった、こんな無鉄砲な私がこれまで生きてこれた。それらの一連の出来事が、私の中でみんなひとつにつながった。

「私は生かされていたのだ」という真実。

 私はいつも自分にとっての「真実」が知りたくて、あがいていたようなところがある。
 10代、20代、30代、40代と、積み重ねてきた自分の歴史を振り返ると、目の前のことを夢中でやりながらも、心の奥底でいつも「本当のこと」を追い求めてきた自分がいる。
 ほかの人にとってではない、私自身が納得できる真実。たとえ、ほかの人とぶつかっても、これが正しいと自分が信じられないものはダメだった。

 私が一人で背負ってきたつもりの大きな荷物。でも、それは違うという。
 その荷物をいっしょに背負っていてくれていた存在があるという。
 これまでも、そしてこれからもずっと……。

 これを読んでくれている人にどう伝わるだろう。生涯かけて探しつづけていた青い鳥が、実はキリストだったなんて、誰が理解してくれるだろう。
 でも、そのとき、私が了解したのはまさにそのことだった。

 この真実を受け入れたとき、私の中にわきおこったのは、まずは途方もない喜びで、うれしくてうれしくて、大声で笑いたくなるほどだった。

 ところがすぐにそれまでの自分がとても恥ずかしくなって、今度は穴があったら入りたくなってしまった。
 そこで祈りながら、自らざんげをする数週間を経て、3月の復活祭のときに、私はプロテスタントの洗礼を受けた。

 私にとっては、この日から第2の人生に出発したと言うことができる。

 それまでのあまりに強すぎる自我を土の下に埋めて、これからは神の御意志にしたがって生きる、ということを宣言した日である。
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by eridonna | 2009-11-28 19:08 | 第8章 カルガリーへ