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まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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飛行機の時代の終焉

 1990年からカナダ西部の経済不振はいっそう深まり、新しい仕事を求めて、ブルックスの町を出て行く若者が増えていった。
 ブルックスの人口が減っていくのである。
 訓練の途中で町を離れる生徒も多くなり、常連の生徒は2人になってしまった。

 私は毎日飛行場へ行く必要もなくなり、チャーリーが糖尿病にかかったこともあって、ダッチェス村の自宅にいることが多くなった。
 必要なときだけターミナルビルに行く生活では、ターミナルビルの面倒も見られない。そのせいか、数ヶ月後には地下室のボイラーが過熱してボヤを起こした。煙の被害だけでおさまったので、壁や床のカーペットの張替えをして、2カ月で元どおりになった。
 この仕事を保険会社から請け負ったカルガリーの夫婦が、同じキリストを信ずる者同士、すぐに親しくなった。彼らは報酬の10%を寄付してくれた上に、とても親切に対応してくれた。
 イスラエルに行くと言っていたが、その後どうしただろうか。

 1991年は静かな年だった。
 中央アフリカで生まれたという若い生徒が学校にやってきた。両親は宣教師で、マラウイにいると言う。この生徒とは聖書についてずいぶん話し合った。貴重な思い出で、とても印象に残っている。

▼ブルックス。ロデオの日のパレードを見る
飛行機の時代の終焉_c0174226_2145221.jpg

 1992年の終わりには、日本から訓練生が一人やってきた。
 1993年になると日本からはさらに4人が来て、ブルックスに長期滞在しながら、パイロットのライセンスに挑戦した。
 だが、衰弱したカナダドルのおかげで、飛行機の整備費用が極端に値上がりした。飛行機の部品はすべてアメリカ製だからである。
 それに大都会から離れたブルックスでは、日常的にはすぐに整備ができない状態で、必要なときに55マイル南のテーバー空港から整備員を呼んでいたが、それも次第にうまくいかなくなった。
 1994年5月。いよいよ学校を閉めるときが来たようだ。

▼空中操作中
 飛行機の時代の終焉_c0174226_21473063.jpg
 民間航空の訓練事業はその国の経済状態を敏感に反映していて、かつて全盛だったのは60、70年代だった。私がライセンスに挑戦したのは、まさにその黄金期であった。それが85年を境にして、あとは下る一方となった。
 今ではパイロットの訓練費も5年前の2倍である。
 教官の数も減って、大都会のエドモントンかカルガリー付近の空港でないと、飛行学校は運営できなくなってしまった。
 人口の多い場所なら経済的に余裕のある人もいるが、ブルックスあたりでは1回100ドルの訓練費用を出せる人がいないのである。

 1985年以降、セスナ社もパイパー社も、一番人気のあったセスナ150、セスナ172、パイパーチェロキーの生産をストップした。

 その昔、セスナの172が3万カナダドルで買えた時代があった。今は同じものがほしかったら発注するしかないから、15万から20万ドルはすると思う。これではいくら飛行機が好きでも個人の手の届く値段ではなくなってしまった。
 最近では量産の単発機の生産は、エンジンの180馬力以上の大きい飛行機だけとなっている。値段も10万USドル以上のものばかりで、これまた庶民の需要とは縁遠い製品である。
 しかもその飛行機の値段の3分の2は保険なのである。何か事故が起きたときのための、
訴えられないための保険だ。

 そうしたさまざまな時代の変化の中で、飛行機は車に取って代わられるようになった。
 飛行機はスピードは車の2倍でも、ガソリンは3倍かかる。整備費用も必要で保険も高いとなると飛行機を維持するのは大変だ、それなら車でいいや、と人々が考えるようになったのだ。
 もしデザイナーが従来の飛行機とまったく違う機種をデザインし、保険をそれほど必要としないならば、また小型機に乗る人も増えるかもしれない。
 
 だがそんな夢のような日が来ない限り、カナダではもう小型機の需要は終わりだろうと思う。
アメリカではそこまで事情が切迫していないので、小型機のオーナーパイロットもまだかなりいるはずだ。西海岸では、ヨーロッパから訓練に来る人もいると聞いている。
 だがここでは、私の役割はもう終わりに近づいていた。
# by eridonna | 2009-11-08 21:38 | 第11章 終章