まだ日本人の渡航が珍しかった60年代に日本を飛び出し、日本人女性として初めて、究極のパイロットライセンス、ATRを取得したカナダ在住のチヨコの物語。各ページの下部のリンクがなくなったら次章へどうぞ。


by eridonna
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訓練も命がけ

 ある日、生徒のC君が同じコースの航法を単独で飛行した。
 私たち3人の教官はキャッスルガー近辺の訓練を終え、午後4時にはみんな詰め所に戻っていた。4時半になったがC君だけが戻ってこない。手の空いている教官はみんなパークしてある飛行機に乗って、彼を探しに行くことになった。

 私がちょうど自分の飛行機のプロペラをまわしだしたときに、C君のセスナが空から降りてきた。しかし着陸はできてもガソリンが空っぽだったので、みんなで手で押してランプに戻さなければならなかった。

 彼の話によれば、ペンティクトン空港を無事に出て、帰りにオリバーを見たことまでは覚えていたと言う。ところが、ふと下を見るとオカナガン湖がいつもよりなんだか小さい。どうしたのかと思いながら左に曲がり、いつもの谷を探した。
 すると山々の形が見覚えのないはじめて見るものだった。不安がつのった。
 しかもガソリンはあと4分の1を示している。どこかで給油しなければと思っていると、滑走路が見えた。どこでもいい、とりあえず降りてみよう。
 近くに電話ボックスがあったので電話機を取り上げてゼロをまわす。

「ハイ、オペレーターです」と女性の声。
「すみませんがここはどこですか」と彼は聞いた。
「どこを探しているのですか」とオペレーター。
「キャッスルガーです」
「キャッスルガー? 聞いたことがないですね」
「あなたの電話局はどこにあるのですか」
「ここはワシントン州のリパブリック町です」

 C君はこれを聞いてパニックになった。フライトプランも立てずに、許可なくアメリカ側に降りてしまったのだ。近くに誰もいないのを幸い、彼はすぐにその飛行場を飛び立ち、ともかく機首を北に向けた。  
 持っていたカナダの地図の外に出てしまっていたので、北に向かいながら必死で見たことのある景色を探したという。
 しばらくして見覚えのあるオールドグローリー山が前方に見えた。そのいかめしい形の頂上を見て「ああ、救われた」と思ったそうだ。
 ガソリンが完全に切れてしまう前にキャッスルガー空港にたどり着いたのは、ラッキーとしか言いようがなかった。
 C君も、このフライトのことは一生忘れないはずである。

▼セルカークカレッジ航空部の教官たちと
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 キャッスルガーにも春が来て、卒業の日が近づいてきた。
 コマーシャルライセンス用のフライトテストの日が決まった。最後の仕上げの段階に入って、私はふと気がついた。
 3、4人の生徒が自信過剰であった。自身満々で「俺はこんなものは簡単にできる」と思い込んでいる。パイロットにとって、そういう気持ちが実はいちばん危ないのである。何とかしないと、いつかあとで命取りになる危険性がある。
 ちょっと勇気のいる仕事だが、私は一計を案じて、やってみることにした。

 それは、「生徒と同乗した折に、離陸して地上500フィートのところでわざと無駄話をしている間に、左手で燃料タンクの栓を締めてしまう」というものであった。
 思ったとおり、4人中4人とも、同じような反応を示した。
 飛行機は燃料を絶たれて数秒で、上昇力も水平飛行の力も失ってただ滑空するだけになる。4人ともスロットル(燃料弁)を何回も全開して、ガソリンを引き出そうとした。数秒間試みたあと、私のほうを振り向いて「これでおしまい」と言った。

「エマ―ジェンシイ・ドリル(緊急時の訓練)はどうしました?」と私は聞く。
 下を見ると、民家の屋根が迫ってきていた。彼は急に自分を取り戻すと、教えられたとおりのドリルをやった。

「スイッチはオン。マグネットもオン。ミクスチャー(混合)はリッチ。カブレターはオフ。燃料タンクの栓は……、あ、閉まっている」
 トラブルの原因を見つけて明るい顔、が、すぐに険しい顔になって「あなたがやったんだ」と責めながら、ガソリンの栓を開く。
「そうです。でも何が起こってもまず最初にエマ―ジェンシイ・ドリルをやることを忘れないでね」
と言っている間にエンジンは再び全開、エアクラフトは上昇しはじめた。
 下を見ると200フィートもなかった。ほっとしたのは、私だった。

 このショック療法を試みてから数日後、生徒同士が二人でナビゲーション飛行に出て、その帰りにキャッスルガーから数マイルのところでセスナのエンジンが止まった。
 一人の生徒がもう一人に向かって、
「チイコの真似なんかしないでくれ」と言うと、
「彼女は何をやるんだ? 僕はいっしょに乗ったことなんてないよ」

 二人とも青くなって、あわててエマ―ジェンシイ・ドリルを行った。だが何の原因を見つからず、エンジンは止まったままだった。
 幸いにも高度が9000フィートもあったので、かろうじてキャッスルガーのランウエイ15の手前、10フィートのところまで滑空することができ、無事着陸。思わぬところで本番の緊急事態になってしまったのだった。

 私も一度だけ、空中でのエンジン停止、という緊急事態にであったことがある。
 まだブランプトンにいたころ、セスナ150でオタワ付近を飛行中、巨大な雷雲のうしろを迂回していたときだった。
 カブレターがひどく着氷し、おまけにカブレターヒーターも故障したために、突然エンジンが止まってしまったのである。
 このときは6000フィートの上空から滑空し、近くにあったペンブロークという空港に無事着陸することができた。

 生徒を訓練するとき、このエマ―ジェンシイの操作がもっとも困難な訓練だった。いかにして生徒に緊急時の実感を与えるか、苦心した。
 ということは、「本番の緊急事態」は最良のレッスンとなり、「着陸後生きて歩いて帰ってくるなら」、訓練は成功、というわけだ。
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by eridonna | 2009-12-04 17:54 | 第7章 BC州のカレッジ